The Scholarly Kitchen(和訳)

【翻訳】市場統合と独立系出版学会の終焉(2023.2.12)

 

原文: Market Consolidation and the Demise of the Independently Publishing Research Society
    by Lisa Janicke Hinchliffe (Dec. 14, 2021)
翻訳: 特定非営利活動法人UniBio Press

2021年は市場統合の年でした。大規模なM&Aが注目を集める中(直近ではクラリベイト社がプロクエスト社の買収を完了し、ワイリー社の継続的な多額の支出計画があります)、私は市場統合が急速に進む別の分野、すなわち独立系出版学会の終焉に光を当てたいと思いました。2018年にプランSの発表で始まったこの流れが、2021年に加速しています。

2019年の初めに、私は「大加速期」に入った、つまり、大きく急激な変化の時期に入ったと宣言しましたが、そのブログ記事で、プランSについて次のように述べました。

プランSは加速の好例です。研究の世界は、分野によって異なるルートで異なるペースでオープンアクセスに向かってゆっくりと進んできました。この進化は(驚くことではありませんが)漸進的なペースで行われ、少数の重要な研究資金提供者は、このレベルの遅々とした進歩に焦りを感じていると宣言していました。プランSは、複雑な生態系に彗星を投げ込み、大量絶滅ではなく、哺乳類が生まれることを期待して、変化を加速させる意図的な試みなのです。

彗星は衝突しました。そして、私たちは進化生物学の一派が「断続平衡」と呼ぶ時代にいるのです。断続平衡説とは、進化は徐々に継続的に起こるのではなく、長い安定と静止の期間を経て、突然急激な変化を見せるという考え方です。

 dinosaur

しかし、ランダムな変化によって引き起こされるあらゆるプロセスに見られるように、進化は予測不可能です。今までのところ、プランSは、大量絶滅や新種の出版社の出現を促すというよりは、むしろ、既存の市場プレイヤーの優位性を強化し、規模の拡大を促す環境、言い換えれば、より大きな恐竜を進化させるという結果をもたらしているのです。

余談ですが、私は大規模な出版社を恐竜にたとえましたが、出版社が時代遅れだとか、古臭いとか、自分のやり方に固執しているとか、そういう意味で言っているのではないことをはっきりさせておきたいと思います。むしろ、最大手の出版社がそのような成功を収めたのには理由があります。彼らは自分たちの仕事に非常に長けており、出版はサービス産業であるため、顧客のニーズに合わせて変化することができるということなのです。そして、オープンアクセス(OA)は、その適応意欲があらわれた素晴らしい例です。すべての最大手の出版社はOAを受け入れ、それを中心に据えて、すでに成功を収めているビジネスをさらに拡張してきました。

しかし、もし現状に揺さぶりをかけ、支配的なプレイヤーを駆逐することがプランSの目的だったとしたら、それは実現していません。プランSの今日までの正味の結果は、市場の大規模な統合であったと言えるでしょう。最大手の出版社はさらに大きくなり、小さな独立系出版社は独立性を捨てて最大手の出版社と契約しているのが現状です。私はここ数年、ユニークな立場からこの状況の観察を行ってきました。最初は新しいジャーナルを導入しようとする出版社として、そして今は出版社を探すジャーナルに代わって提案依頼書(RFP)のプロセスを行うコンサルタントとして、出版サービス契約の交渉テーブルの両側に座ってきました。

プランSが発表されて以来、私の以前の勤務先では、それまで独立系だったジャーナルがより大きな出版パートナーを探しているという事例がとても急増しましたし、現在のコンサルタントとしての新しい環境では、自分たちだけでは生き残れないと気づいた独立系ジャーナルの流れが続いていることをお伝えします。

私は、このような統合・合併の推進には、3つの力が働いていると思います。不安、転換契約、そして要求されるテクノロジーと報告義務です。

不安

新しいビジネスモデルへの大きな移行は、特に、明らかに持続可能で公平な答えがない場合、市場の不安定さを生み出すことになります。オープンアクセスに利用できるモデルの中で、最も成熟し、広く行き渡っているのは、著者に論文処理料(APC)を支払わせモデルです。しかし、これは不完全な解決策であり、問題を解決することと同じくらい多くの問題を新たに生み出しています。それはシステム内の不公平を解消するものではなく、不公平の問題を読者から著者へと移動させるだけです。しかしまた、ほとんどの学会は、自分たちをその分野のスチュワード(管理人)だと考えています。つまり、学会は研究の厳密さを浸透させ、優れた研究を推進するために存在しているのです。その一環として、その分野における最高の研究結果を発表するために、高度に選択された学術誌を構築してきました。残念ながら、これらのフラッグシップ・ジャーナルは、APCモデルではうまく機能しません。論文を却下すればするほど、カバーしきれない経費が増えるからです。

今のところ、現在のレベルのAPCは、購読料収入から多額の補てんを受けているので、多くのジャーナルにとって有効に機能しています。しかし、購読料収入が減少し始めると、APCだけでは、購読料収入に代わって、現在の収益を維持することはできません。

また、購読モデルでは幅広い読者がコストを負担しているのに対して、APCモデルでは少数の著者にコストが集中するという大きな問題があります。つまり、論文をたくさん出版している生産的な研究機関は、文献は読むがあまり生産していない研究機関から入ってくる減少した資金を補うために、今まで以上に多額の支出しなければならなくなるのです。生産的な研究機関は、図書館の予算に追加できる魔法のようなお金を持っていませんし、私が話をしたトップレベルの研究機関の多くは、支出を大幅に増やすことに冷たい態度を示しています。

パンデミックが加わり、状況はさらに不透明になりました。小規模の独立した非営利団体にとって、これは大変なことです。しかし、はるかに大きな組織の一員になれば、短期的な嵐を切り抜けるための緩衝材があります。また、出版サービス契約(Publishing Services Agreement: PSA)により、将来の存続を保証する収益が得られることもよくあります。

転換契約

小規模な学会が大規模な出版社と提携する理由としては、転換契約(Transformative Agreements: TAs)がおそらく一番に挙げられるでしょう。ビッグディールが学術雑誌の販売方法の主流となり、より大きなパッケージの一部でない限り、図書館の予算に入り込むのが難しくなりました。さらに、購読アクセスとAPCの両方を含むより大規模な契約(Bigger Deal)も台頭してきました。ほとんどの既存ジャーナルとその著者コミュニティは、OAへの完全な移行にまだ準備ができておらず、TAの一部であることは、その移行を計画し、実現するために数年の時間を稼ぐルートを提供するものです。問題は、TAは一般的に各機関と個別に交渉する必要があり、非常に複雑で時間がかかるため、図書館員には最大手の出版社と少数のTAを交渉する時間しかないことです。一つか二つのジャーナルしか持っていない学会が、図書館との交渉のテーブルにつく方法はないのです。

技術と報告書提出の要求

プランSに準拠するためには、ジャーナルは多くの要求に応えなければなりません。まず技術的な要件から説明すると、DOIのような永続的識別子の使用、CLOCKSSやPorticoのような長期デジタル保存・アーカイブプログラムへの参加、CC0条件の下でライセンスされた非専有かつ相互運用可能な標準フォーマットで記述された「高品質の論文レベルのメタデータ」、さらにメタデータには研究資金提供者の名前と助成番号など、完全かつ信頼できる情報が含まれていなければなりません。さらに、論文にはOAステイタスとライセンスに関する機械可読な情報が、標準的で非専有的な形式で埋め込まれていなければなりません。コミュニティがわずかな資金で所有・運営する小規模・低予算のジャーナルに求められることは多く、多くはこれらの要求を満たすために多大な投資をしなければならないでしょう。2019年の調査では、DOAJに掲載されているOAジャーナルの大多数が、プランSの技術的な要求に準拠していないことが明らかになりました

技術的な要件だけでなく、プランSの報告義務も、小規模なプレイヤーが必要要件を満たすことを不可能にしています。まず、価格の透明性に関する詳細ですが、私の意見では、これは曖昧で無意味なものなので、ほとんどのジャーナルにとってそれほど大きな負担にはならないだろうと思います。しかし、完全なOAジャーナルや転換契約に含まれるハイブリッド・ジャーナルの場合は、編集方針と意思決定プロセスのすべてをジャーナルのウェブサイトで詳細に公開する必要があります。また、査読プロセスの詳細な説明も掲載する必要があります。さらに、少なくとも年に一度、投稿数、査読依頼数、査読受領数、採択率、投稿から出版までの平均時間などの統計を公表することが義務付けられています。こうしたデータの多くは、これまで独占的な機密情報と見なされてきたものなので、競合他社と共有することに抵抗がある人が多いのではないでしょうか。

もし、「転換ジャーナル」のアプローチを取りたいのであれば、さらに厳しいことが要求されます。これまでのことに加えて、出版されたすべての論文のダウンロード数、引用数、Altmetricのスコアを示す年次報告書を公表し、そのデータをOA論文と非OA論文で分類して提示しなければならないのです。プランSがなぜこのデータを必要とするのか、また、なぜ自分たちで調達できないのかは、依然として不明です。大手出版社やそのパートナーであれば、これはたいしたことではありません。分析チームに依頼して、高価なWeb of ScienceとAltmetricsを契約して、自動化された報告書を作成してもらうのです。小規模の独立系ジャーナルであれば、データアナリストのチームもなければ、Web of ScienceやAltmetricsにアクセスするのも難しいでしょう。

つまり、この急速に変化するOAの世界で存在し続けたいのであれば、大手出版社と契約することが唯一の選択肢であり、OAの世界で最も重要な要素は規模である、という事実がさらに際立つことになるのです。

未来

しかし、悲観することばかりではありません。APCモデルや現在使われている他のモデルの多くは、進化の過程で行きづまり、私たちが探している哺乳類はまだ出現していないのかもしれません。学会にとっての近年の最大の問題のひとつは、ロックインです。一度、大手出版社のビッグディール・パッケージに加入すると、そこから抜け出すのは本当に難しくなります。なぜならば、図書館はジャーナルではなくパッケージを購読するため、もし離脱すれば、基本的にゼロからやり直すことになります。完全なOAの世界では、購読者がもはや重要でなくなるため、このロックインはなくなるかもしれません。

ですから、いずれは学会のモビリティや選択の自由が高まるかもしれません。大きな問題は、その時期が来る前に、市場が完全に統合されて選択の余地がなくなってしまうのではないかということです。

David Crotty 

David Crottyは、Clarke & Espositoのシニアコンサルタントです。Clarke & Espositoは、専門的・学術的な出版や情報サービスに関連する戦略的問題に取り組む経営コンサルティング会社です。以前は、オックスフォード大学出版局のジャーナル・ポリシー担当エディトリアル・ディレクターを務めていました。OUPのジャーナル・プログラム全体のジャーナル・ポリシーを監督し、技術革新を推進し、情報担当役員を務めました。それ以前は、Cold Spring Harbor Laboratory Pressのエグゼクティブ・エディターとして、新しい科学書籍やジャーナルの制作・編集、ジャーナルの編集長を務めました。また、STM協会、Society for Scholarly Publishing、CHOR, Inc.の理事、AAP-PSP理事も務めています。コロンビア大学で遺伝学の博士号を取得後、カリフォルニア工科大学で発達神経科学の研究を行い、その後、研究室から出版業界へ移りました。

(著作権に関する注意書き)

本記事の原文の著作権は、著者が保持しています。著者は、SSP(Society for Scholarly Publishing)に対して、本記事をあらゆる言語で世界中に配布する権利を許諾しています。UniBio Pressは、SSPから許諾を得て、本記事を日本語に翻訳し、本サイトに掲載しています。

 

 

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