The Scholarly Kitchen(和訳)

【翻訳】権利保持戦略を解説する(2023.02.12)

 

原文: Explaining the Rights Retention Strategy
    by Lisa Janicke Hinchliffe (Feb. 17, 2021)
翻訳: 特定非営利活動法人UniBio Press

cOAlition Sの指導者たちは、連合のメンバー間でばらばらに採用され、時には予想外の形で相互作用する一連の中心的なポリシーを管理するという、複雑で気の遠くなるような任務を担っています。出版社、著者、図書館員、そして資金提供者自身さえも、これらの方針の解釈を明確にし、他の利害関係者と明確にコミュニケーションをとることに苦労しています。この数ヶ月、プランSに関連する政策文書は増え続け、これらの文書を理解するためのツールやリソースも増え続けています。しかし、それでもまだ十分ではありません。

COAlitionの代表者が話すときに、「このプレゼンテーションで発表された情報とCOAlition Sのウェブサイトの間に矛盾がある場合は、ウェブサイトが優先されます」という標準的な免責事項を加えるようになったのは、この複雑さの証拠と言えるでしょう。はっきり言って、このような不一致が何度も起きているので、どれが正典なのかを皆が知っていることが重要であり、これは有用な免責事項だと思います。

権利保持戦略は、おそらくこの連合の政策体系の中で最も複雑なものの一つです。権利、保持、戦略といったそれぞれの言葉を紐解くことは、このポリシーが何であり、プランSのポリシー遵守フレームワーク全体の中でどのように機能しているかをより理解するための一つのアプローチとなります。

装飾が施された駒
装飾が施された駒(1887年にアーヘンとライプツィヒの都市間で行われたトーナメントの賞品であるチェスセットの一部)」
画像提供: メトロポリタン美術館)

権利と保持

ここでいう「権利」とは、著者が著作物の著者としてその著作物に対して持っている権利のことです。これらの権利は、通常、「著作権 」と総称されます。著者が持つ著作権には、経済的権利と人格的権利という2種類の権利が含まれることがあります。一般的に言えば、経済的権利によって、公正使用または公正取引などの制限や例外を条件として、著作の特定の使用を許可または防止することが可能となり、またそのような使用のための補償がなされます。著作の原著者、または場合によってはその雇用主が、元々の著作権者となります。WIPOの著作権ポータルは、著作権の基礎的なことに関する、その他の背景情報を提供する有用なリソースです。

多くの学術機関では、たとえ雇用者として組織的な所有権を法的に主張できる場合でも、少なくとも一部の従業員(教員など)を、彼らが創作した作品の著作権所有者として扱うという伝統があります。そのため、権利保持戦略(RRS)は、包括的なアプローチをとっています。RRSは、一般的なプランSと同様に、個人と機関の両方が助成金方針に対する義務を負っていることから、著作権の所有者に関係なく、著作者および/またはその雇用者に適用されます。

何かを「保持」することは、人が持っているものを維持することであり、別の言い方をすれば、それを所有したままでいることです。RRSの場合、著者(あるいは著者が所属する機関)は、著作権を出版社や他の団体に譲渡するのではなく、自分の著作権を保持することが想定されています。

話を簡単にするために、本記事ではここから先、「著者」を著作の著作権者の意味で使いますが、それは著者の雇用条件によって、著者であったりその雇用主であったりします 

戦略

では、最後の言葉である「戦略」はどうでしょうか。ここでいう戦略とは、権利を保持するためのアプローチだけでなく、プランSに準拠するために保持された権利を特定の方法で行使するためのアプローチも指します。つまり、RRSは保持された権利によって著者がなすべきことの戦略であり、権利を保持するだけのための戦略ではありません。そのことをさらに紐解いてみましょう。

プランSには、著者のコンプライアンスに関する3つのルートがあり、いずれも著者による何らかの著作権保持に依存しています。しかし、すべてのルートが、すべての雑誌のすべての著者に利用できるわけではありません。どのルートが利用可能かを決定するには、資金提供者の方針(それ自体がプランSと完全に一致している場合もあれば、一致していない場合もあることに注意することが重要)、雑誌の方針、著者の所属機関で締結されている図書館と出版社との間の有効な契約が交わる点を分析することが必要です。これは、とてつもなく複雑なことです。

RRSは2つ目のルートである「購読誌ルート(リポジトリルート)」を促進するものです。このルートを利用するには、著者は資金提供者のプランSの義務に従い、著者手持ちの受理された原稿(AAM)または記録のバージョン(VOR)を、CC-BYまたは他の許容される再利用ライセンスを付して、入手のためのエンバーゴ期間なしにリポジトリにデポジットします。

一見すると、このルートは簡単そうに見えますが、このルートの課題は、そのために費用を支払うことです。このルートをたどるのは比較的簡単で、APCを支払ってハイブリッド購読ジャーナルで出版し、その後、少し冗長に感じるかもしれませんが、VORのコピーをリポジトリにデポジットすればいいのです。しかし、cOAlition Sの資金提供者は、そのようなAPCを支払うことはないでしょう。著者によっては、そのようなAPCに使用できる資金を持つ共著者がいて、VORをデポジットできるかもしれませんが、多くの著者は、APCのための資金を持っていないでしょう。このような場合、著者が自分のポケットマネーからAPCを支払うことをしなければ、第2の遵守ルートとして残るのは、著者がAAMをCC-BYまたはその他の許容される再利用ライセンスでライセンスし、読者のアクセスを禁止することなくAAMをデポジットすることです。しかし、ここでも著者はおそらく障壁に直面するでしょう。クローズドアクセスのVORに対する出版社と著者の間の契約では、通常、少なくとも6~12ヶ月のエンバーゴに合意することが著者に要求されています。RRSが乗り越えようとしているのは、この障壁です。

具体的には、RRSの方針における「戦略」は、資金提供者が著者に対して、原稿投稿時に、やがて生まれるAAMに対してCC-BYライセンスをすでに適用していることを主張するよう求めることです。著者がAAMにCC-BYライセンスを適用することを保証することで、資金提供者の戦略は、著者のコンプライアンスのための経路として、「購読ルート(リポジトリルート)」のAAMオプションを維持するのです。CCライセンスは取り消すことができないので、著者がAAMにCC-BYを適用することで、CC-BYライセンスのAAMを持つ誰もが、たとえ著者が後にそのようなライセンスでドキュメントを配布しないことを選択したとしても、それを配布することができるようになるのです。

わたしは別のところで、他の多くのプラン S 戦略と同様に、RRS は「購読ジャーナルをコンプライアンスに適合させる」 ために機能している、と考えました。つまり、資金提供者が著者に対して、 APC を支払う完全オープンアクセスジャーナルまたは APCを請求しないオープンアクセスジャーナルの選択を強いるのではなく、著者がハイブリッドジャーナルでクローズド論文を出版 できるように配慮しているのです。これにより、COAlition S は、著者が出版先のジャーナルを選ぶことができるようにしていると主張することができます。しかし、この主張は、資金提供者が出版社に RRS の文言を含む原稿の受理を強制することができないという事実を無視しているので、その点には注意が必要です。

実施

cOAlition Sを構成する団体の実施ロードマップは、cOAlition全体のRRSポリシーの状況を最も明確に示しています。具体的に見ると、cOAlition Sの25のメンバーのうち、22の団体の「プランSに沿ったOAポリシーの実施開始日」は既に過ぎていますが、そのうち13団体がRRSを採用し、2団体はRRSを「採用できない」とし、7団体はRRSの「採用はこれから」という状態です。

しかし、研究資金を提供する団体がRRSの方針を採用していない著者のために、cOAlitionのリーダーは、著者がこの文言を投稿時に原稿と合わせて提供することを義務付けられる必要はないと正しく指摘しています。著者は誰でも、投稿時に原稿の中にそのような表示をすることを自ら選択することができます。CC-BYライセンスを主張する権利は、著作の著作権者であることに由来するものであり、確約を義務付ける資金提供者から資金提供を受けていることに由来するものではありません。資金提供者の義務は、あくまで確約がなされることを要求するものであって、確約ができるか、できないかを左右するものではありません。

出版社の対応

出版社はRRSへの反対を明確にしています。しかし、出版社の反対が、RRSの文言を含む原稿をリジェクトする行動となってあらわれるかどうかは、まだわかりません。複数の出版社からオフレコで聞いたところでは、そのような原稿は、言ってみれば、RRSに対する「リジェクトせず、行き先を変える」対応として、完全オープンアクセスジャーナルに紹介する可能性があるとのことです。これはもちろん、特定の分野でハイブリッドジャーナルおよび完全オープンアクセスジャーナルの両方を持つ出版社のみが利用できる対応で、プランSが特定の分野で規模が大きい、または支配的な出版社を優遇するためのもう一つの方法です。

cOAlitionは当初、Journal Checker Tool(JCT)に反映させるため、RRSに対する出版社の反応に関する情報を収集しようとしましたが、「153通のレターを送ったうち、『実行可能』という回答をした出版社は28社 (18%)にとどまりました。ほとんどの出版社は回答せず、回答した出版社の多くは、JCTに組み込むことができるような回答を提供しませんでした。」代わりに、「研究者がプランSに準拠するためのルートを提供するジャーナルやプラットフォームを迅速に特定できる」ツールとして紹介されているJCTは、出版社がRRSの文言を含む原稿を受け入れるかどうかを示すのではなく、著者の資金提供者がRRSを採用しているかどうかを示しています。具体的には、連合の文書では、「JCTは、出版社の方針がRRSをサポートしていることを確約しているわけではなく、むしろ、RRSによって、研究者がエンバーゴを付けずに、かつCC BYライセンスを付与してAAMをセルフアーカイブできることを示しています。」言い換えれば、著者はRRSに関してジャーナルの方針が何であるかを知りたいと思っていますが、JCTはそれについて教えてくれるわけではありません。

cOAlitionは、「出版社が権利保持の文言を含む原稿を投稿時にリジェクトするとCOAlition Sに通知した場合には」、RRSに関する資金提供者の方針ではなく、出版社の方針を反映するようにJCTを更新すると発表しています。このような場合、JCTは準拠ルート3、すなわち「購読転換ルート(転換契約)」選択肢を一切表示しなくなる、とcOAlitionは出版社にも通知しております。これは、この1、2年、そのような契約の交渉に膨大な時間と労力を費やしてきた図書館員や出版社にとって、また、特に、それらの契約のための追加の財源を見つけなければならなかった図書館員にとって、大いに士気を下げることになると思います。

多くの出版社、特に最大手の出版社は、著者同意書によってすでに RRS が適用されている完全なオープンアクセスジャーナルと、適用されていない購読ジャーナルの両方をポートフォリオに入れていると思われるので、「投稿論文に RRS の文言が含まれているという理由で投稿を一貫してリジェクトすることを示した出版社はない」 というのも当然といえば当然なのかもしれません。また、どのような購読誌であっても、著者同意書の複数のバージョン(例えば、米国連邦政府の職員である著者に対応するための異版)が存在する可能性があり、単一の雑誌についてさえ統一的な声明を出すことは困難かあるいは不可能なのかもしれません。

このように状況は複雑なので、ある特定の原稿の著者が特定のジャーナルで出版しようとする場合の選択肢を明らかにするためには、状況を個別に検討する必要があります。RRSに記載された条件で原稿を受け付けているジャーナルがあっても、著者の資金提供者がRRSを採用していないため、JCTがその事実を著者に知らせないという現実もあり、JCT自体がジャーナルの方針について完全に信頼できるというわけではありません。

また、出版社は資金提供者のポリシーに準拠することを強いられる著者を支援しようとする一方で、プランSの複雑な政策に直面することもあります。一例として、プランS遵守のためのSpringer Natureの著者ガイドのアーカイブを振り返ると、RRSに対応し、著者の理解を深めるための試みが何度も行われていることがわかります。しかし、現在のバージョンではRRSについての言及が一切ないため、出版社は最終的に完全にあきらめたようです。アメリカ化学会のように、プランSの情報文書で「購読出版ルートを選択した著者には、エンバーゴ期間を含め、当社の標準的なセルフアーカイビングポリシーが適用されます」と明言しているところもあります。

以上のことから、出版社は全体として、RRSの文言を含む投稿を一貫してリジェクトしていないかもしれないが、いくつかの顕著な例外を除いて、一貫して受け入れることを約束しているわけでもない、と私は結論付けているのです。

もうひとつの選択肢は、RRSで原稿を受け付けても、著者契約によってリポジトリへの登録やその他の配信を制限するというもので、一部の出版社がこの選択肢を追求するのではないかと思われます。著作をCC-BYでライセンスしても、それをすぐに配信させる義務はありません。ですから、著者はRRSを通じてAAMをCC-BYでライセンスしても、その配信を遅らせることを約束する著者協定にサインしなければならないということもありえるわけです。もちろん、エンバーゴに同意した著者は、資金提供者の義務に従わず、実際にはルート2に従わないことになります。しかし、報告やコンプライアンス監査プロセスでそれが判明する頃には、6か月から12か月という典型的なエンバーゴ期間はおそらく終了に近づいているか、すでに終了し、著作がデポジットされているので、コンプライアンスに準拠しなかったことはあいまいになっているでしょう。

結論として、私はチェス・ゲームが続いていくと見ています。最終的に、私たちは皆、次の動きを待っているのかもしれません。この動きは、新しいプレイヤーがゲームに参加することで始まるでしょう。その新しいプレイヤーとは、1月1日からプランSの対象となる、著者たちです。私たちは、まもなく、出版社の政策対応だけでなく、著者が資金提供者の義務に従うかどうかという問題に目を向けることになるでしょう。

Lisa Janicke Hinchliffe

Lisa Janicke Hinchliffeは、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の教授/大学図書館の研究・教育専門家育成コーディネーター、情報科学部およびグローバル研究センターの提携教員。lisahinchliffe.com

(著作権に関する注意書き)

本記事の原文の著作権は、著者が保持しています。著者は、SSP(Society for Scholarly Publishing)に対して、本記事をあらゆる言語で世界中に配布する権利を許諾しています。UniBio Pressは、SSPから許諾を得て、本記事を日本語に翻訳し、本サイトに掲載しています。

 

 

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