The Scholarly Kitchen(和訳)

【翻訳】ゲスト投稿-日本におけるオープンアクセス:石橋を叩いて渡る(2023.3.28)

 

原文:Guest Post - Open Access in Japan: Tapping the Stone Bridge by Matthew Salter (May 4, 2022)
翻訳: 特定非営利活動法人UniBio Press

編集部注:本日の記事は、Matthew Salterが担当します。Matthewは、学術団体、学術出版社、教育機関、出版サービスベンダーに戦略的な出版、編集、マーケティング、事業開発、日本語サービスを提供するブティック型出版コンサルタント会社のAkabana Consulting LLCの創設者兼CEOです。2016年から2021年までアメリカ物理学会の発行人を務め、それ以前はIOPパブリッシングのジャーナル部門(APAC)のアソシエイト・ディレクター、東京に拠点を置くマクミラン科学コミュニケーション(当時はネイチャー・アジア太平洋の一部門)の編集長兼発行人を務めていました。

日本では、北半球の多くの国と同じように、春は再生の時期です。桜が咲き、新芽が出て、コンビニエンスストアには春をテーマにした新しいビールが並びます。しかし、企業や大学では、春は暖かい気候や季節の飲み物の到来を告げるだけでなく、新しい予算、人事、会社のスタッフの入れ替え、新しい方針と取り組みの発表など、新しい会計年度や学校年度の始まりを告げるものでもあります。欧米の多くの企業は重要な発表を行う際には月の初めを避ける傾向にありますが、日本には本当の意味でのエイプリルフールという習慣がないため、日本で2番目に大きな公的研究助成機関である科学技術振興機構(JST)が2022年4月1日にオープンアクセスポリシーと実施ガイドラインの改訂を発表したことは、決して珍しいことではありません。また、その発表は、日本以外では、大々的に取り上げられることはありませんでした。

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注意:オープンアクセスの前に

 このような比較的控えめなアプローチは、JSTのような日本の研究助成団体が、一般的にオープンアクセス方針に対して、軽いタッチのアプローチを繰り返すことを選択してきたという過去の前例に沿ったものです。オープンアクセス方針は、ほとんどの場合、出版社との協議により策定されてきました。これは、米国 OSTP の「ホルドレンメモ(Holdren Memo)」プラン S、2021 年半ばに発表されたUKRIのオープンアクセス方針など、より急進的で大見出しになりうるオープンアクセス構想を打ち出している他の国のカウンターパートとは対照的です。2013年2017年に発表されたJSTのオープンアクセス方針の前バージョンは、多くのオープンサイエンス界でほとんど取り上げられることがなく、他の多くの研究資金提供機関が学術出版の世界を破壊し改革する野心を公然と表明しているのとは対照的に、その融和的なアプローチで注目されました。この協議の伝統に従って、現在の方針は、公表前にコメントを求めるために、JSTが資金提供者として参加するCHORUSの出版社メンバーにドラフト形式で配布されました。

オープンアクセスの議論において日本があまり注目されていないのは、世界一般、特に国際的な研究コミュニティにおける日本の位置づけを考えると、異常なことだと多くの人が考えているようです。日本は名目GDPで世界第3位(米国、中国に次ぐ)の国際的な経済大国であり、総所得の約3%を占める健全な教育・科学予算が計上されています。日本はこの地域の学術界のリーダーであり、過去100年間は国際舞台で活躍し、3,400以上の大学、カレッジ、研究機関からなる活気に満ちた高度な研究インフラを誇っています。そしてこられの機関は、国際的な評価を得た多くのプレーヤーを抱え、少なくともCOVID以前には、日本の研究機関に引き付けられる海外の研究者が増え続けていました。2020年には、これらの研究機関から127,000件以上の科学技術論文が発表され、日本は世界の主要な研究拠点としての地位を維持し、世界第7位の科学論文生産国(第6位のイタリアに僅差で及ばず)にランクされました。近年の政府の取り組みでは、科学技術研究における日本の国際的影響力を高めることを目的とした国際協力の推進が強調されていますが、その一方で、開放性の向上と研究のセキュリティの確保との両立に努めています。

予算の流れを追う

これは重要なことです。なぜなら、これらの日本の出版物の多くは、少なくとも部分的にJSTが資金提供したプロジェクトから生まれたものだからです。JSTは2021年に1420億円(1.15億米ドル)の予算を持ち(2020年より14.4%増)、日本の学術研究予算総額1.37兆円の約10.5%を占めているため、明らかに財政的影響力を持っています。 2021年11月に岸田文雄首相が発表した10兆円(880億米ドル)の大学基金の運用を、2022年度当初からJSTが開始したことで、その地位はますます強固なものになっています。

しかし、お金だけの問題ではありません。JSTは、研究費の配分だけでなく、日本の研究分野において組織的および知的な影響力を行使してきました。1999年に開始された日本の学術雑誌のオンラインプラットフォーム「J-STAGE」は、現在では3,500誌以上の学術雑誌をホストし、約538万件の論文にアクセスできるまでに成長しました。このサービスは、2020年に日本の学術出版物のデータセットを保存するJ-STAGEデータリポジトリの試験運用を開始し、その後2021年に本格的なサービスへと発展しています。さらに最近では、2022年3月に日本語と英語の両方で投稿できる日本初の「本格的なプレプリントサーバJxiv(「ジェイ・カイブ」と発音する)を立ち上げ、研究発表サイクルの早い段階から介入することを試みています。このように、JST(その前身の設立は1957年にまで遡る)は、日本の研究エコシステムを形成し、日本の研究者の育成に重要な役割を担ってきました。したがって、JSTが、日本におけるオープンアクセスの拡大に向けた継続的な、時には控えめな動きの中で中心的な位置を占めるのは当然と言えるでしょう。

JSTオープンサイエンス3.0

新しい方針とこれまでの方針との最も顕著な違いは、エンバーゴ期間の導入で、2022年4月1日以降にJSTにより資金提供されたプロジェクトから生まれた論文の、少なくともAM(Accepted Manuscript:受理された原稿)は、結果としての学術論文の出版から12ヶ月以内に日本の機関または公的リポジトリで一般公開されなければならないと定めていることです。欧州の基準からすると、これは慎重な規定に見えますが、JSTの方針に何らかのエンバーゴ規定が盛り込まれるのは初めてのことです。この方針は、研究論文に加えて、総説や会議論文も対象としています。改訂された方針は、グリーンルートを優先することを示唆しており、VoR(Version of Record:公式に出版された版)をオープンアクセスで利用可能にすることを義務付けてはいませんが、オープンアクセス論文としての出版は「許可」されたルートであり、新しい方針の下では、APCは、JST が配分する研究費の直接経費から支出することが可能となっています。

物質・材料研究機構(NIMS)データプラットフォームセンター長の谷藤幹子氏によれば、グリーンルートへの注力は、ゴールドモデル特有の即時オープンアクセスの利点を評価していないことを意味するのではなく、日本の学術出版事情の現実を認識した結果であるとのことです。「なぜなら、日本にはOAジャーナルがあまりなく、そのほとんどは米国やヨーロッパを拠点とするもので、誰もがAPCを支払う余裕があるわけではないから、JSTはゴールド・オープンアクセスを強く押し出すことができないのです」と谷藤氏は述べています。

JSTの新方針に含まれている内容と同じくらい重要なのは、そこから省かれている内容です。他の世界的な研究助成機関が発表したオープンアクセス構想とは対照的に、ハイブリッド誌については言及されておらず、結果としてハイブリッド誌での出版を禁止するものでもありません。とはいえ、新しい方針ではハイブリッド学術誌と完全なオープンアクセス学術誌を明確に区別しておらず、いくつかのあいまいさが残っています。というのも、新しい方針では学術誌に「ゴールド」オープンアクセスとして出版することに言及して、次のような珍しい表現を用いているからです。すなわち、「オープンアクセスに積極的に取り組んでいる学術雑誌(筆者強調)に研究出版物を公に利用可能にするアプローチは、一般にゴールド・オープンアクセス(ゴールドOA)と呼ばれています」と述べられています。この少し不透明な表現は、おそらくJST側が完全なオープンアクセス学術誌を好んでいることを示すものと取るべきではなく、また、一般的な状況への順応と研究者の行動をコントロールすることの限界を認識した結果であり、プランSのようないくつかのより過激なプログラムには及ばないものです。

「研究者は常に、自分の論文を好きな雑誌で発表する自由を持たなければなりません。そして、大学図書館も、教員を管理し、プランSに準拠していないからといって、ある雑誌で出版してはいけないと言うことはできません。そんなことはできないのです」と谷藤氏は言っています。この立場は近い将来に変わる可能性はなさそうです。というのも、そのためには内閣府が全国統一の方針を打ち出す必要がありますが、谷藤氏や他のオブザーバーもそれはありえそうもないと見ているからです。

さらに、JSTの政策と実施ガイドラインについては、転換雑誌と転換契約という2つのテーマについて沈黙していることも注目すべき点です。後者は日本ではまだ非常に少数であり、存在するとしても一般的にはあまり知られていないことを考えると、このことは理解できないこともありません。このような契約の数と知名度が高まるにつれて、これらのテーマは政策の将来のポリシーで再検討されることになるのは間違いないでしょう。

おそらく、より要求の厳しい研究助成機関の方針に慣れている研究者にとっては、著者の権利保持や AM のライセンスに関する義務(例えば、CC BY)についての言及がないことが最大の欠落でしょう。これは、このような問題が研究資金提供者のオープンアクセス方針の重要な要素である他の地域とは大きく異なる点です。ライトタッチで非対立的な雰囲気は、JSTが実施ガイドラインの中で唯一言及した、エンバーゴとライセンス条項の「実施を進めるにあたり、必要に応じて出版社と協議する」という誓約によって強化されています。谷藤氏によれば、この慎重なアプローチは当然のことであり、日本の研究エコシステムにおいてJSTが占める二重の立場から生じたものだそうです。「JSTは研究資金提供機関であると同時にJ-STAGEプロバイダでもあるため、ライセンスについて言えることは非常に限られています。つまり、JSTは研究資金提供機関であると同時に、J-STAGEを提供する機関でもあるため、相反する利害のバランスを取らなければならないのです。ですから、JSTは、納税者である国民に対する責任を果たすために、オープンアクセスを推奨することはできますが、コンフリクトが生じるおそれがあるために、プランSを支援するとは言えないのです」と谷藤氏は述べています。

データを見せよ

多くの人は、今回の方針改定が研究論文に与える影響に注目するでしょうが、実は規定の大部分は研究データの取り扱いをカバーしており、以前の方針の主要な規定が維持されています。このように、JSTはデータを可能な限りオープンにするという信念を改めて示し、JSTの助成を受けたPI(研究主宰者)に対して、個人情報、国家機密、商業的機密などに関わるデータについては除外や許容される制限を設けて、すべての実験データを無条件で一般公開することを奨励しています。この目的のためにJ-STAGEデータリポジトリを利用する義務はありませんが、JSTが資金提供した研究データセットの自然な保存先であり、多くの著者がこのサービスを利用することを望んでいるのは間違いないでしょう。研究主宰者は研究プロジェクトを開始する前に、JSTの定めるプロトコルに準拠したメタデータを含むデータプランを作成し、JSTに提出することが義務付けられているため、研究者がラボに入る前からデータが注目されることになります。この方針では、多くの研究コミュニティでデータ公開の基準とされているFAIRデータ原則や、データのデポジットまでのエンバーゴ期間には明確に言及していませんが、個々の研究機関がJSTの基本要件を強化するためのローカル条件を追加できるように裁量の余地が残されています。

疑問、疑問...

改訂された方針そのものにはほとんど驚きはありませんが、いくつかの根強い疑問が残っています。例えば、改正された方針が実際にどのように実施されるのか、運用上の負担はどこにかかるのか、などです。日本の研究機関では、研究者にオープンアクセスの公開を義務付けているところは少数派ですが、そのようなところはグリーンルートを好むことが多いようです。JSTの新しい方針は、現在、いかなる色のオープンアクセス出版をも義務づけていない大多数の日本の研究機関がやり方を変え、JST資金による研究のうち、いまだにオープンになっていない41%を一般にアクセス可能にするのを後押しする試みと見ることができます。この計画が成功するかどうかは、研究機関のインフラと個々の研究者が、この計画を成功させるために適切な奨励と支援をどの程度受けられるかに大きく依存することになるでしょう。

このインフラは、東京にある国立情報学研究所(NII)の管轄であり、情報学の研究およびトレーニング、日本の全国学術データベースサービスであるCiNii、および科学情報と非科学情報の関連データベースであるWebcatとWebcat Plusの維持、JSTが2022年のオープンアクセス計画を通じて拡大・充実を目指す機関リポジトリの基盤となる日本における情報インフラの提供などの多面的な使命を持っています。しかし、リポジトリの作成と維持の責任は研究機関自身にあり、その責任の多くは、日本の研究機関におけるオープンアクセス方針に関する従来の情報伝達手段である図書館や研究支援室の職員にあるのです。近い将来、これらのスタッフが新しい役割に適応するために、より忙しくなっても驚くことではありません。

この点については、新しい方針がどのように監視されるのか、また、違反した場合にどのような罰則が課されるのか、疑問が残るところです。日本の研究者が名誉を重んじる傾向にあること、また一般的に研究資金提供者が研究者と直接対立することを好まないことから、JSTは論文および研究データの寄託について高いレベルの遵守を期待し、不承諾の著者との対立を避け、執行を機関に委任したいと考えていると推測されます。おそらく、機関は、相互運用性を高めるよりも、シンプルなキュレーションに集中することを優先し、慣例的な軽いタッチで対応することになると思われます。

そして最後に...

より広い意味で、この変化を世界の研究者がどう見るかは、まだわかりません。より現実的な見方をすれば、日本が他の主要研究国の立場に近づくための新たな段階的前進を歓迎し、そのスピードはともかくその方向性には勇気づけられるでしょう。より迅速でより根本的な変革の擁護者は、多くのオープンアクセス界隈で風物詩となっている、ハイブリッド学術誌での出版禁止やAMに対する CC BY ライセンスに関するギャップなど、特定の問題に関する明確さの欠如や沈黙を嘆き、あまり気のない反応を示すことでしょう。後者に属する人々は、日本では慎重さが必ずしも否定的でなく、「石橋を叩いて渡る」という言葉に要約されるように、しばしば美徳と見なされていることを知って、いくらかの慰めを見出すことができるかもしれません。慎重に進めば、急ぐ人に比べれば、最初は遅いかもしれませんが、失敗を避けることができます。そして、あなたはまだ橋を渡っている途中なのです。

Matthew Salter

Matthew Salterは、Akabana Consulting LLC(www.akabanaconsulting.com)の創立者兼CEO。Akabanaは、学術団体、学術出版社、教育機関、出版サービス業者に対し、戦略的出版、編集、マーケティング、事業開発、日本語サービスを提供するブティック型出版コンサルタント会社です。Matthewは、以前、アメリカ物理学会の出版社、IOP出版社のジャーナル(APAC)担当アソシエイト・ディレクター、東京に拠点を置くマクミラン・サイエンス・コミュニケーション(当時はネイチャー・アジア太平洋の一部門)の編集長兼出版社を務めていました。化学者であり、インペリアル・カレッジで化学の理学士号と有機化学の博士号を取得。STEM出版に転身する以前は、英国と日本の一流大学で学術研究と教育のキャリアを積んできました。科学、コミュニケーション、学術への情熱を原動力とし、アジアの出版・ビジネス環境に特に関心と経験を持っています。

(著作権に関する注意書き)

本記事の原文の著作権は、著者が保持しています。著者は、SSP(Society for Scholarly Publishing)に対して、本記事をあらゆる言語で世界中に配布する権利を許諾しています。UniBio Pressは、SSPから許諾を得て、本記事を日本語に翻訳し、本サイトに掲載しています。

 

 

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